「司法書士試験の出題ミスを非難する―不登法記述―」

抵当権変更契約書

抵当権者(甲) 株式会社青山銀行
債務者兼抵当権設定者(乙) 香取博子
抵当権設定者(丙) (省略)

第1条 甲と乙及び丙は,
平成22年4月2日付け抵当権設定契約により
後記(1)の物件の上に設定された
下記内容の抵当権
(平成22年4月2日東京法務局新宿出張所
受付第38653号登記済)につき,
香取博子及び香取次郎が追加で取得した
後記(2)の物件の持分に対して
本件抵当権の変更をすることを合意する。

①被担保債権 平成22年4月2日金銭消費貸借 
②債権額 金1,500万円
③利息 年5%(年365日日割計算) 
④損害金 年14.5%(年365日日割計算)


さて,皆さんは,この変更契約が,
抵当権について,
どのような内容の変更を意味するのか,
お分かりになるだろうか。

というよりも,日本語として,
その意味を理解することができるであろうか。

まず,「・・後記(1)の物件の上に設定された
抵当権につき」の文言から変更対象は,
(1)の物件上の既設定の抵当権であることが読みとれる。

しかし,これに続く
「香取博子及び香取次郎が追加で取得した
後記(2)の物件の持分に対して
本件抵当権の変更をする」の理解が悩ましい。

日本語としては,
追加取得した(2)の物件の持分を対象として,
上記の抵当権を変更すると読むことになり,
「追加取得持分」を対象として,
「既設定の抵当権」を変更することは読みとれるものの,
肝心の既設定の抵当権を「どう変更したいのか」を,
上記の契約文言から読み取ることは
難しいのではなかろうか。

実は,上記の文書は,
平成22年7月4日に実施された
司法書士試験の第36問の別紙5として示された
抵当権変更契約書である。

午後の部の第36問及び第37問は,
「書式の試験」というニックネームで呼ばれている
「記述式試験」であり,
事件に関する登記記録や事実関係が示され,
それに基づき登記申請の代理業務を遂行するために
必要な知識及び能力を問う出題となっている。

事件の事実関係を示す方法には,
実務上よく使われている文書を別紙として示し,
そこから法律要件に該当する事実を読み取り,
より実戦的に法的判断をさせる「別紙型」と,
法律要件に該当する事実を箇条書きで示し,
それに基づいて法的判断をさせる「文章型」とがある。

いずれの形式でも,
法律問題を問う試験として,
「事実に基づく法的判断」を問うことが
「事の本質」となっている。

冒頭の抵当権変更契約書は,
上記「別紙型」による出題であり,
受験生は,当該契約書から変更契約の内容を把握し,
それがどのような法律関係を意味するのかを法律構成し,
それに対応する要件事実を契約書中から抽出し,
その事実に基づいて法的判断を行わなければならない。

しかし,冒頭確認したとおり,
変更契約書を単に日本語として読む限り,
抵当権をどのように変更するのかを
読み取ることが困難であり,
契約書のどの事実に着目すべきかが分からず,
一見すると問題を解くことが
できないかのようにも思えるところである。

おそらく,出題者は,
問題全体の雰囲気と「追加取得持分」,
「抵当権変更」の表現から「勘」を働かせれば,
いわゆる「及ぼす変更登記」と呼ばれる
登記処理が問われていることに気づくはずであり,
その点に気づきさえすれば,
答案作成上の注意事項1の「上記事実中の行為は,
すべて適法に行われ」ているとの指示により,
変更契約書の文言を無視し,
これを抵当権の追加設定契約と法律構成し,
十分に正解に達し得ると目論んで,
この問題を出題したものと思われる。

それにしても,いかに問題のためとはいえ,
日本語として意味が理解できないような
契約文言を含む契約書を問題に示すことは,
見ているこちらが恥ずかしくなるようなみっともなさであるため,
是非,止めて頂きたいものである。

まず,なぞなぞやクイズではあるまいし
「勘」を働かせなければ,
問題処理の糸口を掴むことができないという
出題手法の妥当性が問題となる。

しかし,実務上,ときとして
当事者の行為は意味不明の場合があり,
その場合でも当事者の合理的意思を
事案全体から考慮しなければならない場合があるため,
法律問題でありながら,
事実に基づく判断が問題解決の糸口とならないことに
強く目くじらを立てるわけには行かない。

現場において行為の適法性を
判断するのは司法書士自身であるため,
適法性の判断をストレートに問うのが「筋」であろうが,
本問のように行為を適法とする旨の前提を置き,
行為をどのように法律構成すれば,
行為が適法と評価できるようになるのかを問うという
変則的な出題手法も選択肢の一つとして,
否定はできないからである。

仮に上記の点には目をつぶり,
受験生が出題者の意図どおり「勘」を働かせて,
及ぼす変更登記の処理と気づいた場合,
次に,思考の前提となる
答案作成上の注意事項1の「上記事実中の行為は,
すべて適法に行われ」ているとの指示を
受験生が正確に読み取ることができたのか否かが問題となる。


第36問は,「司法書士法務明子は,
・・関係当事者の全員から別紙3から6までの
各書面の提示を受けつつ,
後記(事実関係)記載の1及び2の事実を
聴取した上で・・代理することの依頼を受けた。
・・後記(1)及び(2)の問に答えなさい。

(事実関係)・・(1) 司法書士法務明子が・・
(2)上記登記申請手続が完了した数日後・・
(答案作成上の注意事項)
1上記事実関係中の行為は,
すべて適法に行われ・・別紙1・・別紙2・・別紙5・・」
のように情報が配置されていた。

答案作成上の注意事項1の
「上記事実関係」がどの事実を指すのか,
ごく素直に読めば,「上記」の限定が付いているため,
当該指示の前に存在する「(事実関係)」の事実を指し,
当該指示の後に示されている別紙5には
当該指示は及ばないと読むことになろう。

現に,このように
当該指示を読んだ受験生は少なくない。

なぜ,出題者が,
誤解が生じないように「本問の事実関係」とせず
「上記事実関係」としたのかは,なぞというしかないが,
本問は,司法書士法務明子が
依頼者から相談を受けた形跡がないのに
「相談内容及び受領した書類に基づく
必要となる登記申請を行った。」であるとか,
名変登記や及ぼす変更登記を解答として要求しながら
「いずれの登記の申請においても,
所有権の登記名義人全員について
登記識別情報が通知されるものとする。」旨の指示があるなど,
かなり雑な作りの印象を受ける記載が散見されることから,
問題作成者は,上記の指示が
誤解を生ずるものとは夢にも思っていなかったか,
上記程度の指示で
誤解なく読めると思い込んでいたのであろう。

しかし,上記のように「行為は,すべて適法」との指示が
別紙5にはかからないものとして問題文を読んだ場合,
そこには,物権法定主義の壁が待ち受けることになる。

民法には,既登記抵当権の効力を変更契約により
追加取得した持分に
拡張できるとする旨の規定がないため,
受験生が「勘」を働かせ,
冒頭の契約書の変更内容を,
既設定の抵当権の効力を拡張するものと解釈し,
冒頭の変更契約をそのための変更契約と捉えれば,
当該変更契約は,無効と判断するしかないことになる。

ある受験生は,冒頭の抵当権変更契約書を見て,
直ぐに「及ぼす変更登記」の問題と気づいたが,
上記の民法解釈があることを知っていたため,
択一の検討時間を削り,
この論点だけに15分もの時間を費やして検討し,
別紙5が「抵当権変更契約書」である以上,
無効ゆえに別紙5に基づく
及ぼす変更登記を申請しないものと判断したという。

果たしてこの判断を
試験委員は責めることができるであろうか。

「及ぼす変更登記」について
予め契約書の雛形を用意している銀行は希であろうし,
実務上は,上記のような解釈上の疑義をさけるため,
追加設定契約書を利用して契約をするのが通常であろう。

しかし,敢えて,
「抵当権変更契約書」を別紙で示している以上,
受験生としては
「抵当権変更契約として行うことの可否を問う」のが
出題の意図だと誤解したとしても無理はない
(択一には,「甲区2番で登記しているB持分を目的とする
乙区2番の根抵当権の効力を
Bが甲区4番で新たに取得した持分に及ぶようにするため,
「年月日変更」を登記原因とする
根抵当権変更の登記を申請することは
許されない(平16-17-オ)」との出題がある)。

むしろ,答案作成上の注意事項1の
「上記事実関係」の指示の不明確さを考え合わせれば,
却って別紙5が,
受験生を積極的に誤導する方向に
作用した可能性の方が高い。

これでは,誤導尋問をしておいて,
それに乗った受験生の答を誤りと断ずるに等しく,
「酷」をとおりこして「むごい」とすらいえる話となる。

また,仮に,答案作成上の注意事項1の
「行為は,すべて適法」との指示を
別紙5を含むものと解釈できた場合には,
冒頭の抵当権変更契約書の
文言を表題を含めて全く無視し,
当該契約を追加取得持分に対する
抵当権の追加設定契約と解釈することになる。

この場合,書かれている文言を全く無視するため,
別紙5の登記原因証明情報としての適格性が問題となる。

全く契約文言を無視し,
これを追加設定契約と解するため,
登記官の形式審査上は,
文理解釈による事実認定の限界を超え,
別紙5の抵当権変更契約書を
登記原因証明情報として添付した申請は,
法25条8号で却下されることになる。

これは,この問題が,出題者の目論みどおり,
行為が適法だと解釈されたとしても,
手続上の理由により
「及ぼす変更登記」の申請ができないと
判断する可能性を含んでいることを意味する。

それでも,
及ぼす変更登記ができるとの結論をとるには,
第36問には,第37問の
商業登記の答案作成上の注意事項4のような
「答案用紙の各欄に記載すべき事項がない場合には,
当該欄に斜線を引くものとする。」旨の指示がなく,
答案用紙の各欄は
必ず記載させるのが出題者の意図であると解し,
及ぼす変更登記の申請には,
別紙5とは別に登記用の登記原因証明情報を
作成したと考えなければならないことになる。

このように検討してくると,
この問題は,事実に基づいて
法的判断することなど全く無用であり,
「勘」により最初に掴んだ
「及ぼす変更登記」を目をつぶって
答案に書くという程度の問題だったことになる。

また,別紙5として
示された冒頭の抵当権変更契約書は,
法的に何の意味もなく,
むしろ,出題者が予想していない解答を誤導する
危険な存在として判断の障害物となった可能性が高い。

その結果,それら障害を乗り越え,
ひたすら出題者の意図を推し図らない限り
出題者の想定する正解に達しないことになり,
もはや法律問題としての
実質を失った欠陥問題というしかなく,
及ぼす変更登記ができないとする判断にも
相応の理由が認められる以上,
二重解答が生ずる「出題ミス」と
断ずるしかないように思われる。

昨年の出題ミスと異なり,
試験委員の能力を問題にする気はない。

試験委員の能力を責めたところで,
問題が改善されず
(改善どころか,今年は,
択一を含めてより多くの問題が発生している),
それにより試験委員の能力が
向上するわけでもないからである
(今さら向上したところで受験生は救われない)。

しかし,試験委員もかつての受験生であり,
受験生が流す悔し涙の意味ぐらいは分かるはずであり,
自分達の目論見が,自分達自身の手による
雑な問題設定や指示により
十分に機能していないことが分かったとすれば,
それを無視して当初の解答どおりの
採点を強行しないで頂きたい。

せめてそれが試験委員にできる
唯一にして最高の償いであることを
忘れないで頂きたい。

なお,蛇足ではあるが,
及ぼす変更登記の香取次郎の
追加取得持分への追加設定契約は,
実体上,民法826条の利益相反取引となるため,
特別代理人が香取次郎を代理して
設定契約を行うことになる。

しかし,それに基づく及ぼす変更登記の申請は,
債務の履行に準ずる行為として
利益相反行為とならないため,
法定代理人香取博子が
適法に法定代理できることになる。

この問題では,代理申請した者が
特別代理人だと断定する決め手に欠けるため,
第4欄の資格証明情報・
代理権限証明情報・その他の欄に
香取次郎の法定代理人香取博子の
委任状及び法定代理を証する戸籍謄本を
指摘する答案も減点することはできないことになる。

このようなことは,
試験委員なら当然に意識して
解答を作成しているはずのものである。

しかし,同時にこれは,
今年のような登記原因証明情報の
作成権限者を問わない出題では,
利益相反行為を論点として問うことが
殆ど意味を持たないことを意味し,
出題者が,それを認識せずに
問題を作っている可能性が濃厚であるため,
敢えて指摘したものである。

ちなみに,不意打ちになるような
後味の悪いことはしたくないので,
あえて,試験委員に向けて予告したい。

まだ,単に私個人の思いにとどまる話であるが,
今年は,リアル答案分析で
その名を知られている向田恭平先生の下,
より多くの受験生の協力を得て,
合格発表後,徹底した採点調査を行い
「採点ミス」を大々的に問題にしていきたいと思っている。

昨年のように
「当該誤記は正解を解答するのに影響しないと認められる」
との恣意的な判断が,
今年も平然まかりとおることには,
到底,耐えられないからである。



蛭町 浩

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この記事へのコメント

在宅生
2010年07月14日 03:55
蛭町先生、初めまして。
私も、抵当権変更契約書でしばらく、考えてしまいました。
及ぼす変更登記とは、気付きませんでした。
伊藤塾塾生
2010年07月14日 21:53
 はじめまして、伊藤塾塾生です(自分には、ネット上で本名を明記するデメリットが解らないため、匿名でコメントさせていただく無礼をお許しください)。
 私も抵当権変更契約書で悩みました。
 まず、及ぼす変更登記はうてないものと考え、4欄の内1欄分登記を見落としたと思い、検討をし直しました。
 次に数次相続が1件で申請できない場合なのではないかと考え、相続関係説明図を再検討しました。
 結局、20分程度この作業に費やし、4欄は「なし」と書きましたが、その後も動揺したまま、択一、商登法記述式と検討することになってしまいました。
 択一は午前30、午後27と十分な貯金も作れず、まだ不合格と決まったわけではありませんが、ここ3日、あの第4欄を夢に見てうなされる日々が続いています(本当です)。
 弁護士の先生にも登記の申請代理権がある中で、司法書士が登記を事実上の専売特許としてきたのは、登記法が極めて難解であり、正しい登記申請が、それを専門的に勉強してきた者にしかなしえないものであったことも一因であるように思います。にも拘わらず、試験委員の先生が、登記に誇りのかけらも見出し得ない出題をされるということは、司法書士を目指し1年間懸命に勉強し続けた私にとっては本当に辛いことです。
 最後に、先生がこの点について強く批判されたのは、私が腐らず勉強を続けていくについて、本当に助けになりました。先生までもが(一部の他校講師のように)「出題意図を読め」などと言われたのであれば、私は勉強をやめてしまっていたかもしれません。悔しい気持ちはありますが先生のような誇り高い司法書士がいるのであれば、この道を進み続けることに何ら迷いはありません。
 今年落ちたとしても、来年こそ合格できるように勉強頑張ります!
 
 
ほぼLEC生
2010年07月15日 09:32
はじめまして。
私も及ぼす変更に違和感があり、一応及ぼす変更を全部書いたのも関わらず、不可と考え消しました。。
午前30午後31、商登法7割、不登法6割程度です。
まだ結果わかりませんが悔しくて眠れません。

ですが先生のような真に骨のある方をブログ上とはいえども知りえたことに感謝せずにいられません。

上記の方ではないですが私も同様に頑張ろうと思えました。ありがとうございました。

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